行き過ぎたジェンダー・フリーと行き過ぎた平等教育

ジェンダーフリーの人たちが「行き過ぎたジェンダー・フリー」の具体事例として男女同じ教室で着替えさせる中学校とか高校とかの名前をあげたりして、名指しされた学校は「いやそんな事実無いしー」と反応してたりして、なかには「友達の友達の学校では男女同じ教室で〜」なんていう嘉門達夫バリの「具体事例」が挙げられてたり、「小学校中学年」がいつのまにか「中学生」になっちゃったとしか思えない「具体事例」があったり・・・
ジェンダーフリーの人もなかなか大変そうですね。
そんな「行き過ぎたジェンダー・フリー」批判の言説を見聞きしてて思い出したのが
一昔前(?)に「行き過ぎた平等教育」批判が花盛りだったころによく引き合いに出されていた
「全員が一等賞の運動会」あるいは「順位をつけない徒競走」の事例。
今にして思うとこんなことしてる学校が本当に存在したのか?とか凄く疑問なんですけど、本当のとこどうなんでしょう。
もしかして今の反「行き過ぎたジェンダー・フリー」の人と反「行き過ぎた平等教育」の人ってかぶってる?